書き場所を見つけたなぁ
Mediumに独自ドメインを適用した。やっと書き場所を確保した感じがする。
ここ半年ほどソーシャル疲れとまではいかないまでも、どうでも良いことを投稿したり、だらだらと他人の投稿を見たりするのに飽きてしまった。
Twitterは今後も使い続けるだろうけど、2008年ごろの雰囲気がなくなってしまった。ちょっと他人の気に障りそうなことは、非公開アカウントやダイレクトメッセージを活用する習慣もなんだかTwitterの醍醐味を失っていて面白く無い。
そもそもどんどん若いユーザーが増えて、どんどん自分の世界とかけ離れた投稿が増えてきて、果たしてここは居場所なのかどうかわからなくなってきた。
Facebookメッセンジャーでかつての同僚やクライアントと繋がるので、自然と投稿は減った。投稿範囲を設定するほどのものもない。甥っ子や姪っ子に関する姉の投稿だけが楽しみ。
Google+
この状況になって、ちょこっと使ってみたが、人がいない分、居心地が良い。が、人がいない分、自分が投稿することに価値を見出せない。
ソーシャルメディアは、自分が投稿する権利を得られる代わりに、相手の投稿を読む責任がある。権利も責任も、そこまで重いものではないけど。
投稿に対しエンゲージメントを返す必要があり、エンゲージメントを貰えるのは嬉しいが、エンゲージメントを返すことは面倒だ。
実生活の延長にソーシャルメディアがある場合、実生活とソーシャルメディアを行き来し、コミュニケーションがより円滑になる……というのは2007年当時ミクシィで働いてた時に偉い人がよく言ってた。
もしかしたら、僕は実生活とソーシャルメディアが分断されているから、つまらなく思うのかも?そう思う理由は、Facebookで姉の投稿を楽しみにすることや、Twitter界隈の友達とお茶や飲み会をした後に、Twitterでのエンゲージメントが高まるからだ。実生活をソーシャルメディア寄りにするか、それともソーシャルメディアに実生活を取り込むか、で解決できる。ただ、それはしたくない。そこまで積極的になってソーシャルメディアを使おうと思わない。
Blogger, Squarespace, Tumblr, はてなブログ
いずれのブログサービスも、ノルマを感じる。毎日書かなければならないとか、PVを上げなければならないとか。それは僕が他人に求めてるものでとある。「毎日更新してほしい!」とか、「更新が止まってるよ!」とか。なので尚更自分が発信者になるのは億劫。
自分だけの発言の場に投稿することなのに、なぜもこんなに高いハードルがあるのだろう。なぜもこんなに他人に頻繁な投稿を求めてしまうのだろう。多分ソーシャルメディアで投稿頻度が上がったのを、ブログというスタイルにも求めてしまっているのかも。
ソーシャルメディア感覚で気軽に投稿したい。また今更ブログを始めると宣言するのもキツい……。ブログっぽくない何かが必要だった。
Medium
自分の書き場所であり、ノルマもない。ソーシャルメディア感覚で投稿できて、ソーシャルメディアみたいに実生活とソーシャルメディアを行き来するような面倒くささもない。
つまり、これって最高なのでは?
というので、僕の中でMediumの評価が上がっている。

